2009年8月22日土曜日

見つけてしまった


見つけてしまった、、、。
メルボルン一居心地の良いカフェを、、、。

アボツフドコンビンスで開かれたスローフードマーケットに行った帰りに寄ったカフェ。
その名も、Kappaya cafe
20席ほどのカフェで、ランチも食べられる。
レトロな調度品とライトが落ち着いた雰囲気を出して、いつまでもいつまでもいたくなる。店員も愛想はいいのだけれど押し付けがましくなく、爽やかだ。
日本人のやっているカフェで、日本人の私が行くと、何となく距離を置こうと努力してい店員を見かけるのだけれど、そういう不自然さを感じない、気分のいい接客だった。

話しはちょっと飛ぶのだけれど、ラオスへ一人でいった時、とある神社でたまたま日本人のバックパッカーの男の子と会った。彼は友達といて日本語を話していたので、日本人だと分かったのだけど、相手も私の見た目で日本人と分かったようだった。
海外で日本人に会った時、人によっては何となく気まずい、というか、同国人だからって別に話さなくちゃ行けない義理はないよね的なオーラを出している人がいて、そうなるとこちらも何となくぎこちなくなってしまう。
経験的に、あの辺りで会う若い人たちにはそういう傾向が強いと思っていたので、何となく近くを歩いた時も目線を会わせないようにした。
すると、その男の子は本当に気軽に「こんにちは」と言って、すれ違って行った。
その自然な様子に「おお、これで良いんじゃないか」と目が開かれる思いだった。
変に意識せず、軽く挨拶。
完璧な距離感だった。

話しを戻すと、そのカフェの日本人の店員達は、あの時の完璧な距離感を持っていたのだ。日本人だからと言って、近づき過ぎもせず、遠くなり過ぎもせず。

残念ながら街の反対側なので頻繁には行けないけれど、あのカフェがある、と心の中で暖めるのも悪くない。

2009年8月20日木曜日

怪談の季節(in日本)

恐い話しを好きな人に対する評価は、世間一般ではどんなものなのだろ。
私個人としては、すこしオタクくさく不健康な感じがするので、1ポイント減だ。
と、表向きの私は言う。
が、実はあながち嫌いではない自分もいて困ってしまう。

日本の夏にテレビでやるような、心霊スポットで写真を撮るとか、恐怖写真集とかそういうのは全く食指が動かない。だけど、例えば桜金造とか稲川淳二の怖い話しとかは、なぜか聞きたい。
その日の夜、必ず、必ず思い出してえー、ちょっと怖いかも、、、と布団の中で思ってしまうのに、聞きたい。
人には胸を張って言えないのに、聞きたい。

そんな私が密かに心待ちにしているのが、「糸井重里ほぼ毎日新聞」で毎夏コンテンツに出てくる「ほぼ日の怪談」。
真っ黒い画面に白い文字で始まるトップページ。
「ぎっちょん、ぎっちょん、ぎっちょん。ぎ〜〜〜」っという音が気分を盛り上げる。
全部が全部ではないけど、このサイト特有のある種の品の良さが、話しの選択に生きていて、怖いけどグロくなく楽しい。
今年これまでのところで、私のお気に入りを一つ。
何回も何回も、男の人の顔を思い浮かべて、えー、こわーいと思ってしまう。

2009年8月15日土曜日

寒い冬にあたたかい絵本


クラフトをするならその制作欲をそそられる一冊。
フェルトや布、毛糸、ボタンを使って描かれるかわいくコミカルな虫達。
素材の使い方もさることながら、カラフルなのに暖かみのある落ち着いた色合いは絶妙だ。
作者はイタリア生まれのフランス在住(文はフランス語から英語に翻訳)ということで、メルボルンのクラフトに飽き飽きしている人には、気持ちいいショックだと思う。

庭に落ちている毛布に住む虫が、誕生日パーティーに、同じ毛布に住む他の虫達を誘うところから始まる話。
メッセージはかなり明確だ。日本で読めば道徳的標語になりかねないこのメッセージも、メルボルン、特に私の住んでいる地域では実感としていきてくる。

タイトル Bugs in a blanket
作者 Beatrice Alemagna
出版社 PHALDON
ちなみに、アマゾンでは表紙以外のページもいくつか見られるので、ちょっとお得だ。

2009年8月13日木曜日

断りたい

断り上手が羨ましい。
相手の気分を害する事なく、
その場の空気を乱す事なく、
気分よく、きっぱりと断れる人が、羨ましい。

私は断るのが非常に苦手だ。
断らなくてはいけない場面になると、極端におどおどし、意味もなくにやにやし、あげくの果てには断れずに事が進んでいたりする。
「無様」
まさにこの一言。

同様に、掛かって来た電話を切るタイミングが分からない。
「こんにちは〜」もしくは「ひさしぶり〜」なんかの無難な挨拶から始まって、
軽い雑談、本題、そしてまた軽い雑談。
この後半の軽い雑談のあたりから、私はだんだん緊張してくる。
この人は本題以外に、今日は話したい気分なんだろうか?
本題のみで終わりたいのだろうか?
実は本題が本題じゃなくて、まだ本当の本題があるんだろうか?
考えれば考えるほど思いは千々に乱れ、結局相手が一番びっくりするタイミングで「じゃあね。バイバイ。」とか言ってしまうのだ。
「じゃあね」の「じゃ」くらいで相手が何か言いかけて、でももう止まらず「バイバイ」まで言い切って、あれまだなにかあったんだ、と思いつつも「バイバイ」といったんだから流れで受話器を置いてしまう。
「無様」
やっぱりこの一言。

そして、恐怖の「stop "n" chat」。
道で偶然会った友人に、道ばたで「ああ、こんにちは」とstopして、
「最近どう?」と軽く(あくまで軽く)chatして、
「じゃあまた」とそれぞれの方向へ立ち去る。
できない、私には出来ない、、、。
どうしてもこの「じゃあまた」のタイミングが分からない。
今言ったらどう考えても早すぎる。感じが悪いじゃないか。
と思っているうちに会話は進行し、そろそろ、そろそろかな?と思っていると相手は新しい話題を持ち出して来る。
あ、もしかしたら話したい日なのかしら?と思っているうちに、
新しい話題もさして膨らまずしぼんで行き、いま「じゃあ」を切り出すのは話題の知りすぼみ加減から、気持ちよくは別れられないから、もう一つくらい無難な話題で終わりにしよう。
と思っていると相手は何となく急いた様子。
そうなるともう動悸は早くなり、新しく切り出した「無難な話題」もそこそこに
またもや唐突な、何とも言えないビミョーな間で「じゃあね」と言ってしまう。
別れて歩き出しても、相手の驚いた丸い目が忘れられない、、、、。

無様、無様。