2009年11月14日土曜日

エキシビション


この人のエキシビションを手伝っています。
暇がある人は是非出向いてみてください。





THIS ANNOYING LIFE By OSLO DAVIS
Opening 11月19日 6:00〜9:00pm
@LAMINGTON DRIVE 


2009年10月14日水曜日

座右の銘

30年以上生きていると、まあそれなりに自分の方向性らしき物が出来てくる。
だけどそれに沿って世界が回ってくれるわけではないので、その都度軌道修正と言うか方針の変更をする必要がある。

だから「座右の銘」も絶対ではない。
絶対でない時の方が多いかもしれない。

だけど、10年近く前友人の一人が教えてくれたこの言葉はかなり正しく、いろんな場面で私の処し方を支えてくれている。

「温泉の大浴場に入って行くでしょ。で、始めはなんか居心地が悪いじゃない?でもそれをじっと我慢してしばらくいると、だんだんその場になじんで来るんだよ。」

単純な言葉だ。
当たり前の言葉だ。
だけどあの物事を始める時のぎこちない感じが苦手な私には、かなり役に立ってくれている言葉なのだ。
始めのおぼつかない感じが嫌で、一体幾つの事を途中で放棄したことか。あるいはその居心地の悪さを想像しただけで、始めさえしなかった事だって多々ある。

この言葉を得てからだって、もちろん人が変わったように新しい事に挑戦するようになったかと言うとそんな事はない。そういう性格になるには、もっといくつかの、そして複雑な要素が変わらないといけない。
だけど、少なくとも何かを始める時のあの慣れない感じだけでやめる事はなくなった。

2009年9月23日水曜日

素敵コメント


他人のふんどしで相撲を取るようだが、
素敵な友人の素敵な一言。

1歳になった次女のこぼれるようなほっぺを見て、
「キスする場所が一杯ねー。」

素敵です。

2009年9月2日水曜日

ブログ

気が付けばあの人もこの人もブログ、ブログの嵐。
ブログ、一体何年くらい前からこの言葉が、普通に理解されるようになったんだろう?
もともと電脳音痴な私にとって、この分野の発達の早さと世間への浸透の速やかさは息をのむほど凄まじく見える。
幸い夫が電脳オタクなので皮一枚でこの世界と繋がっている。

それはさておき、ブログだ。
いろんな人がブログで自分の生活や思いの丈を放出しているわけだが、一体それを読んでいる人は、誰なんだろうか。
友人?家族?恋人?
そしてみんなは一体誰のブログを読んでいるんだろうか。

かくいう私のブックマークに入っているブログは、友人と日本の家族、気になる芸能人。
友人のブログは話題の一環となるので、読んでいる。
日本の家族のブログは、彼らの平和な生活ぶりを知って安心するので、読んでいる。
芸能人のブログは、テレビで見られない分を補おうとして、、、なのだろうか?
この芸能人、実は篠原ともえ
恥ずかしい。
自分でもなぜ彼女のブログを読み始めたのかも、なぜブックマークしてまで読んでしまっているのかも、そして更新されるのをちょっぴり楽しみにしてしまっているのかも、本当に、よく分からない。
おそらく、堅気じゃない世界で堅気じゃない感じで生活しているらしい、言うならば「全うな芸能人らしい」ブログだからじゃないだろうか。
自分でデザインしたドレス着てまーす電グルのコンサート行ってきましたついでに楽屋にお邪魔してきましたヨーコオノと息子のショーンと対談しました、とかとかとか。

もう完全に「全うな主婦」道まっしぐらな私は、この「毎日がお祭り騒ぎ」な感じを、対岸の火事を眺める気持ちで見ているのだと思う。
そうする事で子供を世話する生活がペラリとした一元的なものになってしまわないように。
そしてほとんど私の好みとも生活とも違う彼女のブログは、有効なのだ。

それにしても、なぜ篠原ともえ?
なんだかんだ言っても、やっぱり恥ずかしい。


2009年8月22日土曜日

見つけてしまった


見つけてしまった、、、。
メルボルン一居心地の良いカフェを、、、。

アボツフドコンビンスで開かれたスローフードマーケットに行った帰りに寄ったカフェ。
その名も、Kappaya cafe
20席ほどのカフェで、ランチも食べられる。
レトロな調度品とライトが落ち着いた雰囲気を出して、いつまでもいつまでもいたくなる。店員も愛想はいいのだけれど押し付けがましくなく、爽やかだ。
日本人のやっているカフェで、日本人の私が行くと、何となく距離を置こうと努力してい店員を見かけるのだけれど、そういう不自然さを感じない、気分のいい接客だった。

話しはちょっと飛ぶのだけれど、ラオスへ一人でいった時、とある神社でたまたま日本人のバックパッカーの男の子と会った。彼は友達といて日本語を話していたので、日本人だと分かったのだけど、相手も私の見た目で日本人と分かったようだった。
海外で日本人に会った時、人によっては何となく気まずい、というか、同国人だからって別に話さなくちゃ行けない義理はないよね的なオーラを出している人がいて、そうなるとこちらも何となくぎこちなくなってしまう。
経験的に、あの辺りで会う若い人たちにはそういう傾向が強いと思っていたので、何となく近くを歩いた時も目線を会わせないようにした。
すると、その男の子は本当に気軽に「こんにちは」と言って、すれ違って行った。
その自然な様子に「おお、これで良いんじゃないか」と目が開かれる思いだった。
変に意識せず、軽く挨拶。
完璧な距離感だった。

話しを戻すと、そのカフェの日本人の店員達は、あの時の完璧な距離感を持っていたのだ。日本人だからと言って、近づき過ぎもせず、遠くなり過ぎもせず。

残念ながら街の反対側なので頻繁には行けないけれど、あのカフェがある、と心の中で暖めるのも悪くない。

2009年8月20日木曜日

怪談の季節(in日本)

恐い話しを好きな人に対する評価は、世間一般ではどんなものなのだろ。
私個人としては、すこしオタクくさく不健康な感じがするので、1ポイント減だ。
と、表向きの私は言う。
が、実はあながち嫌いではない自分もいて困ってしまう。

日本の夏にテレビでやるような、心霊スポットで写真を撮るとか、恐怖写真集とかそういうのは全く食指が動かない。だけど、例えば桜金造とか稲川淳二の怖い話しとかは、なぜか聞きたい。
その日の夜、必ず、必ず思い出してえー、ちょっと怖いかも、、、と布団の中で思ってしまうのに、聞きたい。
人には胸を張って言えないのに、聞きたい。

そんな私が密かに心待ちにしているのが、「糸井重里ほぼ毎日新聞」で毎夏コンテンツに出てくる「ほぼ日の怪談」。
真っ黒い画面に白い文字で始まるトップページ。
「ぎっちょん、ぎっちょん、ぎっちょん。ぎ〜〜〜」っという音が気分を盛り上げる。
全部が全部ではないけど、このサイト特有のある種の品の良さが、話しの選択に生きていて、怖いけどグロくなく楽しい。
今年これまでのところで、私のお気に入りを一つ。
何回も何回も、男の人の顔を思い浮かべて、えー、こわーいと思ってしまう。

2009年8月15日土曜日

寒い冬にあたたかい絵本


クラフトをするならその制作欲をそそられる一冊。
フェルトや布、毛糸、ボタンを使って描かれるかわいくコミカルな虫達。
素材の使い方もさることながら、カラフルなのに暖かみのある落ち着いた色合いは絶妙だ。
作者はイタリア生まれのフランス在住(文はフランス語から英語に翻訳)ということで、メルボルンのクラフトに飽き飽きしている人には、気持ちいいショックだと思う。

庭に落ちている毛布に住む虫が、誕生日パーティーに、同じ毛布に住む他の虫達を誘うところから始まる話。
メッセージはかなり明確だ。日本で読めば道徳的標語になりかねないこのメッセージも、メルボルン、特に私の住んでいる地域では実感としていきてくる。

タイトル Bugs in a blanket
作者 Beatrice Alemagna
出版社 PHALDON
ちなみに、アマゾンでは表紙以外のページもいくつか見られるので、ちょっとお得だ。

2009年8月13日木曜日

断りたい

断り上手が羨ましい。
相手の気分を害する事なく、
その場の空気を乱す事なく、
気分よく、きっぱりと断れる人が、羨ましい。

私は断るのが非常に苦手だ。
断らなくてはいけない場面になると、極端におどおどし、意味もなくにやにやし、あげくの果てには断れずに事が進んでいたりする。
「無様」
まさにこの一言。

同様に、掛かって来た電話を切るタイミングが分からない。
「こんにちは〜」もしくは「ひさしぶり〜」なんかの無難な挨拶から始まって、
軽い雑談、本題、そしてまた軽い雑談。
この後半の軽い雑談のあたりから、私はだんだん緊張してくる。
この人は本題以外に、今日は話したい気分なんだろうか?
本題のみで終わりたいのだろうか?
実は本題が本題じゃなくて、まだ本当の本題があるんだろうか?
考えれば考えるほど思いは千々に乱れ、結局相手が一番びっくりするタイミングで「じゃあね。バイバイ。」とか言ってしまうのだ。
「じゃあね」の「じゃ」くらいで相手が何か言いかけて、でももう止まらず「バイバイ」まで言い切って、あれまだなにかあったんだ、と思いつつも「バイバイ」といったんだから流れで受話器を置いてしまう。
「無様」
やっぱりこの一言。

そして、恐怖の「stop "n" chat」。
道で偶然会った友人に、道ばたで「ああ、こんにちは」とstopして、
「最近どう?」と軽く(あくまで軽く)chatして、
「じゃあまた」とそれぞれの方向へ立ち去る。
できない、私には出来ない、、、。
どうしてもこの「じゃあまた」のタイミングが分からない。
今言ったらどう考えても早すぎる。感じが悪いじゃないか。
と思っているうちに会話は進行し、そろそろ、そろそろかな?と思っていると相手は新しい話題を持ち出して来る。
あ、もしかしたら話したい日なのかしら?と思っているうちに、
新しい話題もさして膨らまずしぼんで行き、いま「じゃあ」を切り出すのは話題の知りすぼみ加減から、気持ちよくは別れられないから、もう一つくらい無難な話題で終わりにしよう。
と思っていると相手は何となく急いた様子。
そうなるともう動悸は早くなり、新しく切り出した「無難な話題」もそこそこに
またもや唐突な、何とも言えないビミョーな間で「じゃあね」と言ってしまう。
別れて歩き出しても、相手の驚いた丸い目が忘れられない、、、、。

無様、無様。



2009年2月27日金曜日

10年


パスポートの更新をした。
10年前の写真を見ながら、つくづくと考えてしまった。
ベトナムに住んだ、結婚した、メルボルンに来た、子供を2人も産んだ。
10年。
次の更新は2019年。
この10年は一体なにをするのだろう?

2009年2月16日月曜日

悲劇の呼び名

次女にはニックネームがある。
それもただ一人に使われるニックネーム。
いや、ニックネームですらない。
そもそもは私のいい加減な相づちから始まってしまった悲劇の呼び名。
それは「ジョーイ」。

いつも行くスーパーマーケット、当然妊娠中も大いに利用していた。
子供に優しいこの国で、レジのおばちゃんがあれやこれやと声をかけてくれる。
「ジョーイ」も産まれる前から、このおばちゃん達の関心を引いていた。

出産予定日も間近に控えたある日、ペニーというレジのおばちゃんと例によって
子供の事をいろいろ話した。
なぜか彼女には私が印象深く残ったらしく(なぜかある種の人には、私や長女が強く印象に残るらしい)、産まれるまでも、産まれてからも声をかけてくるようになった。

そしてその日に悲劇は起きた。
まだ2ヶ月にもなっていない「ジョーイ」が泣きに泣いて、
大汗かきながらレジを済ませていると、
ペニーが、大丈夫?とかどうしたの?とか話しかけてきた。
こちらとしては、お金を払わなければいけないわ、
長女はうろうろどこかへ消えそうになるわ、
「ジョーイ」はますます激しく泣くわで、ペニーへの返答も適当になっていた。
そんなカオスの中、彼女の悲劇の質問が繰り出されていた。

「ところで、その子ジョーイよね?」

汗だくになりながらどんな質問にも「Yes」か「She's O.K.」と答えていた延長で、
その質問にも「Yes」と言っていたのだ。
答えながら、レジを去りながら、「そうね、そうだと思ったのよ」と満足そうにうなずくペニーに違和感を覚えながら、
でも訂正せずにいた。
それがその後、低温やけどのように、じわじわと私を苦しめる原因になるとも知らないで、、、。

それ以来ペニーは、彼女のレジに並んでいない私のところにわざわざやって来ては、
「ジョーイはどう?」とか、次女が泣いていると、「今日のジョーイはどうしたの?」と、親戚のおばちゃんさながらの親しさで声をかけてくるようになった。
英語なので、名前で呼ばず「she」で済ます事も出来るのに、彼女はなぜか執拗に(と私には聞こえる)「ジョーイ」と呼ぶのだ。

毎回毎回声をかけられ「ジョーイ」と呼ばれるたびに、
「あ、実は違うんです。」と言わなくてはと思いつつ、
言い出せず、曖昧に笑いながら後ずさりしながらその場を後にする。
タイミングを失うたびに、一枚一枚薄いけど確実に重くなっていく布をまとうように、次女はますます「ジョーイ」になっていく。

悲劇の呼び名「ジョーイ」。
これが訂正される日はいつか来るのだろうか、、、、。


2009年2月6日金曜日

プリシラ先生

踊り好きな長女。
起きて寝るまで歌い踊っているので、
踊りと歌への情熱のはけ口として、ダンス教室に行かせる事にした。
(うるさくてかなわんよ、実際)

初回無料のレッスンがあるバレイのクラスへ行ってみた。
行ってみてびっくり。
講師はいかついおにいさんではないか。
顔は四角い、体毛は真っ黒で濃い、ダンサーらしからぬ固そうな筋肉。
だけど、腐ってもバレイの講師。
物腰は柔らか、というかほとんどおかま。映画「プリシラ」の世界。
声のだし方からして、ソフトだ。

プリシラ先生、8人の小さい女子に囲まれて、早速レッスン開始。
まずはつま先立で、教室中を練り歩く。
意外と真剣で、時々さぼってつま先立ちしていない子には、
容赦なく、だけどあくまでソフトに注意が飛ぶ。
「しっかり、つま先で!!」

振り付けに意味を付けて覚えやすくする。
「フェアリーダストが降ってきて〜(手をぴらぴらさせながら頭上から胸の辺りまでおろす)」
「ベイビーフェアリーを空へ返して〜(床から何かをすくい上げるようにして、鳥を空へ飛ばすように上へその何かを放つ)」
何度か同じ動きをやるのだけれど、子供のことゆえ雑な動作になってくる。
そうすると早速プリシラ先生の注意が飛ぶ。
「フェアリーなのよ(なぜか女言葉がしっくり)!もっと優しく!」

最後に5分ほど音楽をかけて、各自好きなように踊る時間が来た。
それぞれ自分が思い描くバレイの動きをするのだ。
とはいえなんせ3、4歳の子供の事。両手を頭の上であわせてくるくる回るくらいで、あまり創造的ではない。
始めのうちこそ「すてきよー。美しいわー。」と褒めていたプリシラ先生だったが、
「バレイってのはそれだけじゃないんよ!」とばかりに突如子供達の中に入って踊りだした。
ただでさえ大柄なプリシラ先生なのに、ちびっ子達の間に入って容赦なく踊り狂う。
ジャンプあり、ターンあり、ポーズあり、、、。
女子達、笑顔のまま固まっていた。

レッスン後の先生もおかしかった。
「みんなー、今日は楽しかったー?」
「はーい。」
「来週も来るかなー?」
「はーい。」
「今日は楽しかったねー。」
「はーい。」
「来週も来るよねー?」
「、、、はーい?」
今回は無料レッスンで来週からはレッスン料が発生するため、彼も必死なのだ。
プリシラ先生必死の営業活動なのだ。

あまりにも何度も今日は楽しかった事と来週もくる事を強調していたため、
笑顔だった女子とその親達の顔が、次第に固くなり、苦笑に変わっていった。

帰り道長女はまた行きたいとは言わず、
レッスン中に貸してもらった魔法の杖(銀色でキラキラしていて、先に星がついていた)がもらえなかった事にがっかりして、欲しいなー欲しいなーとつぶやいていた。

今回のレッスンに行くまでは、バレイを習うのーと嬉しそうに言っていた彼女だが、あれ以来全く口にしなくなった。
才能の芽をプリシラ先生に摘まれてしまったのだろうか?
そうだとしたらプリシラ先生の罪は、重い。

2009年1月28日水曜日

ポータブルクーラー?

毎日25度前後の日々が続いて、今年の夏は安泰だと思っていた矢先に、
40度を超える日が4課連続という天気予報。
エアコンのない我が家、冗談じゃなくて、本気でこの暑さにおびえる。
赤ちゃんがいるので特に辛い。

思いあまってポータブルクーラーなるものを衝動買いしてしまった。
要するに、壁に取り付けなくてもいいクーラー。
私と夫のイメージでは車のエアコンのように、つけたら冷気が出て部屋中が涼しくなるのだと思っていた。
が、いったん作動させてみると、何の事はない冷たい風が出るどでかい扇風機だった。
図体ばかりでかくて、さほどの働きをしないのだ。
サイズは5キロの洗濯機ぐらい。

このばかでかい銀色のマシン。
居間にあると、もうほとんどギャグみたいなものだ。
うるさい音とともに吐き出される「冷気」を浴びていると、
きたる40度の連日に怯える一方で、苦笑を通り越した本物の笑いがこみ上げてくる。

夫は「何でも聞いてご覧。彼は何でも答えてくれるよ」と言って、
マシンに話しかけていた。


2009年1月9日金曜日

ガラス張りのカフェ


特別にカフェ好きというわけではないのだけど、
気持ちのいいカフェにあたると嬉しい。

最近立地が気に入ったのが、Yarravillという街にある「cornershop」というカフェ。
比較的新しいカフェらしい。
2週間くらい前の新聞の、カフェ紹介のコーナーにも載っていた。
その名乗のとおり、道の角に建っている。

このカフェの何がいいかというと、角になっている壁面がすべてガラス張りになっているところ。
暑い日は暑いだろうし、寒い日はやっぱり冷えるのだろうけど、
その大きいガラス越しに、通行人をぼんやり眺めるのは楽しい。
街の規模も小さく、道を歩く人の数も多くなく、
「ご近所さん」といった感じの親密感がいい。

娘達がまだ小さいので、好きなだけくつろいでというわけには行かない。
が、忙しい日常の中で、あそこにあのガラス越しの風景があると思うだけで、
心に余裕が生まれる。

2009年1月4日日曜日

にくまんあんまん

南半球の正月は、真夏なのでいまいち日本の年末年始のような
粛々とした感じに乏しい。
せめてめでたい感じを味わうために、お赤飯を炊こうと小豆を購入。
餅米は重いので、普通の白米と炊き合わせて小豆ご飯にして食べた。

とはいえ、一回の小豆ご飯で使う小豆の量は知れていて、せいぜい半カップ。
大量に残る小豆。
そこであんこも作ってみた。
無敵の無水鍋を使って結構美味しいあんこが出来た。
しかし、お餅もないしどうしたものか。

で、あんまんを作ってみた。
真夏のあんまん。

まんつながりで翌日は肉まん。
30度の中の肉まん。

お正月とはほど遠い料理の展開だが、日本文化を知らない子供と
許容範囲の広い夫相手なので、気にしない気にしない。

どちらも美味しくいただきました。

2009年1月2日金曜日

明けてしまいました

  
  

年が明けてしまった。
2009年。世界が滅亡すると騒がれた1999年から10年。
環境悪化だの地域紛争だの剣呑なニュースが多いとはいえ、
ともかく、滅亡もせずに世界が続いて10年。
気がつけばしっかり30代にもなじんで、その30代も折り返しにさしかかっている。
何はともあれ、明けましたおめでとう。

クリスマス休暇中。
夫は仕事がない。
上の子はチャイルドケアがない。
私は、友人達が出払っていて遊ぶ人もいない。
というわけで、みっちり家族で固まって日々を過ごしている。
写真4枚。
サンタの夫とピンクの妖精の上の子と、風になる上の子。
そして母乳で眠らされている下の子。

今年もよろしくお願いします。