2008年10月21日火曜日

子供と広告


駅でこの広告写真を見たとき、あぶないなーと思った。
案の定長女は目にするや否や「アンディー!(下着の事)」と嬉しそうに叫んで指差した。
ご丁寧に股間の辺りをくすぐって、二本の指で指差しながら「ニップルー!(乳首の事)」とも叫んでいた。
プラットフォームは結構混んでいて、中にはにやりとしている人もいた。
何となく「裸の王様」の話を思い出した。
大人は分別という名の判断で黙殺するものを、がっちり指摘してしまう。
恥ずかしいというより、気まずい感じ。

だけど、子供のそういう傍若無人さが、実は大好きなのだ。

2008年10月17日金曜日

母が来て、帰って思う事


仕事をしている母は、なかなかまとまった休みを取る事が出来ない。
が、さすがに海外で二人目の出産ともなると、気の毒に思ったのだろう。
今回は、彼女にしては本当に大盤振る舞いで、2週間の休みを取ってやってきた。
というか、本当は10日だと言っていたらしいのだけど、勘違いなのかなんなのか、取った飛行機の日付は2週間の滞在だった(私がチケットを取った)。

母には悪いけれど、実はそんなに期待はしていなかった。
むしろ海外での滞在にこちらが気を揉んで、よけい大変になるんじゃないかとさえ思っていた。
ところが。
母はすっかり我が家のやり方になじみ、目新しい食品や物事に対し、実に楽しそうに反応し楽しそうに日々を過ごした。
わがままを言う3歳児の長女や泣き止まない次女をそれはそれは嬉しそうに世話をしていた。
はっきり言って、参ったと思った。母の底力。適応能力。柔軟性。
お世話しなくちゃと侮っていた自分が恥ずかしい。
この2週間、すっかりお世話になり楽をさせてもらった。

そして改めて、子育ては夫婦二人だけでするものじゃないなと思った。
もちろんいろいろな事情で、そうならざるを得ない事の方が多い。
家だって基本的には夫婦二人だけど子供を見ている。
だけど、ヒトという種としてはやはり集団で子供を見る方が、自然に出来ているんだと思った。「自然」というと漠然としているが、ストレスが軽減されるという事だろうか。

人が自分の領域に深く入ってくる事に関して、あまり柔軟性がある方ではないのだが(たとえ家族であっても)、今回は母とがっちりタッグを組んでみて、いろいろな事が見えた気がした。

2008年9月28日日曜日

やってきました。


始まりました。
人間力をあげる修行が。

二人目はある意味楽だろうと、夫と話していたのだが、なんのなんの。
新しいチャレンジを要求され、一人目とはまた違った試練が待っていた。
子育て、まさに人としてのレベルをあげるのに最適な修行だ。

まじめな人や、自分に厳しくできる人は他の事でも大きく成長できるのだろう。
だけど、怠け者で、何事も無理をせず「ほどほど」がモットーの私には、これくらい真剣に迫ってくる責任がなければ成長できないのだ。
三十路である事にもすっかりなじんだ今日この頃。
しっかり成長したいものだ。

2008年9月16日火曜日

窓磨き

春の大掃除、にはまだ早そうな気もするのだけれど、なにせ子供が産まれてくるので
すべてが前倒しで行われる。
先日本格的に春を感じさせる暖かい日があって、家中の窓を磨いた。
(と、言っても夫と娘だけでだが)

今の家に引っ越してきて約2年半。自慢じゃないがただの一度も磨いた事がなかった。
古いうちなので窓は縦長で網戸ががっちり装着されているので、なんせ億劫なのだ。
日常の汚れは毎日少しずつたまっていくので、意外と日々受け入れつつ見過ごしてきた、
というか見ない振りをしてきた。

ところが一度きれいにしてみると、その汚れ具合のすごかった事!
部屋の中が3割増くらいで明るいのだ。
ほれぼれと何度も何度も窓を見てしまう。
磨く過程を見ていないのだけれど、落ちてくる汚れは凄まじかっただろう。
ふと、一年ほど前友人が「窓を磨くと家の中が変わるよ」と言っていたのを思い出した。
その時は、まあさもありなんと軽く流して聞いていたのだが、いや、本当に変わった。
床の拭き掃除をするよりも、何か次元の違うところで変わった気がする。
単に採光具合が増しただけなのだけど。




2008年9月14日日曜日

人間力をあげる修行

妊娠もとうとう臨月に入り、ますます体が思うように動かなくなってきた。
基本状態として、骨盤の痛み、腰痛、背筋痛(普段の鍛え方が足りない証拠)。
更にちょっとした動き(運動のうちにも入らないようなもの)で息が上がって、
座って一休みが必要になる。

もどかしい。が、一人目のときよりもストレスが軽いのは、おそらくこれが永遠に続かない事を知ってるからだと思う。とにかく一人目の時は、妊娠も育児も先が読めなくてその日その日をこなすので精一杯だった。だから夢中で楽しかった面もあるのだけれど、その分見えない不安が常につきまとっていた。
予想のつかない怖さ。終わる事が想像つかない不安。
よしもとばなながなにかで「想像力の恐怖」と呼んでいたけど、まさにそれだ。

だけど今回は、産んでしまえば確実に解放される、期間限定の苦痛だから我慢が出来る。
おそらく出産の後にやってくる育児の苦労も、ある程度は時間が解決してくれる種類のものだから、曖昧な中からやってくる不安も随分減るんじゃないだろうか。
と、希望的に考えている。

それにしても女というものは、まさに自分の身を削って新しいヒトを作り出しているのだ。妊娠にしても、出産にしても、子育てにしても。
未だに専業主婦はどことなくお気楽家業だと思われているようだが、なんでなんだろう。
随分前だが、関根勉が(最近私の中で彼のブームが起こっている)「育児はすごく大変なんですよ。育児休暇あけに出勤してきた人には特別な忍耐力とかの人間力がプラスされているんだから、昇進とかさせてあげなきゃいけません」と言っていた。
まあ昇進かどうかは別としても、彼のこの発言は彼がまともに育児に関わってきたからなんじゃないだろうか。
言えそうで、意外とこんな風には言えないものだ。
育児の経験のない人にも、あるけど忘れちゃった人にも是非聞かせてあげたい。

あと少しで、また人間力をゲレードアップする修行が始まる、、、。


2008年8月8日金曜日

カム イージー

むきになりやすい私は、ルームシューズに関してかなり真剣に取り組む。ので、時には作っていて失敗しそうなときは結構ストレスを感じてしまったりする。何個か作った今、苦手な箇所も分かってきてその行程が近づくと気合いを入れ直したりする。

で、息抜きのつもりでシロクマを作ってみた。全行程手縫いで、多少寸法が違っていても、左右対称でなくても害のないぬいぐるみ。
先月夫が日本へ行ったときに買ってきてくれた裁縫の本に載っていたもの。

初のぬいぐるみにしてはまあまあのできかと、自画自賛。
作っている過程で、下腹部が異様に長く大きくなったので夫と「カム イージー」と下品な名前をつけてみた。だけど娘が遊ぶであろうこのシロクマ、さすがに気がとがめたので下腹部を修正して、名前は娘につけさせる事にした。

2008年7月26日土曜日

ユーモア

しばらく特に用事もなかったので行かなかった領事館。
行くとほぼ必ずちょっぴり(時にかなり)いやーな気持ちにさせてくれる領事館。
先週今週と避けられない用事のために2回でかけたのだが、きっちり嫌な気分にさせてくれた。ありがとよ。

それはさておき、そんなちょっと嫌な事があるといつも思うのは、私は他人から嫌な事や理不尽な扱いを受けたときの対処がへただなあということだ。
冷静に上手く自分の不満を相手に伝え、その場を自分の有利な方へ持っていけない。
単純に言えば、かっとなってしまうのだ。
たいてい後からあんなにかっかしないで、軽くユーモアを混ぜて話せば事態も相手も、そして私自身もそんなに悪い方へは行かなかったのではと思ってしまう。

ユーモア。これは生きていく上でかなり重要なキーワードなのだが、なかなかこれを取り入れた人生を実行するのは難しい。
と思っていた矢先にこんな記事(?)を読んだ。
http://www.1101.com/sekine/2008-07-22.html

彼自身はとくに好きでもないのだけど、この発想というか、タイトル通りの「妄想力」がすごい。いやーそれはちょっとと思うところまで行っているのは「妄想」ゆえで、でも話のポイントとしてはかなり的確なところを突いている。しかも深刻にまじめになって、最終的にはつまらない話になりがちなこの話題を、「そうだよねえ」と笑いながら彼の思いに同調させる力の源は「ユーモア」なのだ。
ぜひ見習いたいものだ。



2008年7月22日火曜日

ルームシューズ近況


2週間半夫がうちを留守にしたので、黙々とルームシューズ作りに励んだ。
大人のものより子供のルームシューズの方が、サイズ的に遊びのあるものが出来る。
メルボルンには珍しく雨の多い日に作ったので、かえるがくっついている。
思った以上に不気味なかえるになり、娘におびえられるかと心配したが喜んでもらえた。

2008年7月4日金曜日

冬に腐るリンゴジュース

リンゴジュースが腐った。
冷蔵庫に入れていたにもかかわらず、
こんな季節にも関わらず、
リンゴジュースが腐った。

日曜日から夫が旅行に出かけており、食べ物飲み物の消費速度が極端に落ちて、リンゴジュースも飲み終える前に腐ってしまった。
カビが生えたとかではなくて見た目では分からないのだが、においを嗅いでみると酸っぱいにおいがしている。口に含むと、遠足に持っていったけど食べずに持ち帰ったむきリンゴの味がした。
これまで冷蔵庫のジュースが腐るなんて思いもしなかった。買ってから10日くらい経っていただろうか。保存料の入っていないジュースだったから足がはやかったのだろうか。
それにしてもこの、時間帯に寄っては外より寒いこのうちの、くどいようだが、冷蔵庫の中でジュースが腐るものだろうか?

もったいないよりも、不思議な感動を覚えつつ容器の中の腐ったリンゴジュースを台所のシンクに流した。そして、もう一度確かめるように容器の中のにおいを嗅いでしまった。

2008年5月18日日曜日

スリッパと呼ばないで

 

以前靴作りの短期コースに通った事がある。
かなり前から気になっていて、だけど定員オーバだったりコースの日程が帰国と重なったりで、長い事そのままになっていたコースだ。そのコースをようやくとり終了した。
いろいろ靴の仕組みを勉強できたのは興味深かったのだが、どうも革を扱う事が合わないと感じてしまった。固くてどうしても力仕事になるし、当然だが動物の体からとるものだから子牛の形をしていたり血管が浮いていたりして、何となく罪悪感を感じてしまった(因に私は動物愛護の立場からの菜食主義には懐疑的)。工業用のボンドやでかいマシンを使わないと、靴底が研磨出来なというのもなにかしっくりこなかった。

そこで考えたのが「ルームシューズ」。決してスリッパと言ってはいけない。あくまでおしゃれに「ルームシューズ」。子供の保育園の日を利用してコツコツ作る。
これがぴったりはまった。布はなじみのある素材だし、なんと言っても布の山から好みのものを選ぶのは、私にとって快楽なのだ。
また、意外と複雑な構造になっているのもいい。平面の布から立体を作るのだから、それなりのチャレンジになっていて飽きず、適量の刺激となる。これが、久しぶりに興奮させられた。
意外と時間がかからずに作れるのも、飽き性の私には丁度いい。きちんとプロセスを踏んで丁寧に作ればそれだけのものが出来上がる。
かかる時間と出来上がりの満足度のバランスが合っているのだろう。

二番目が産まれてくるまでのつかの間の自分の時間。
なかなか面白い趣味を見つけた。

注:左は第一作目。いわゆる「スリッパ」型。おしゃれにバブーシュと読んでもらいたい。右は娘に作ったもの。しかし真冬でも靴下を履きたがらない彼女にとっては、おもちゃの域を出ないらしく、15分も履けば十分で、部屋の隅に履き捨てられていた。あわれ、母の努力。

2008年4月26日土曜日

口笛紳士

私の住んでいる地域はメルボルンの中でも治安が悪いとされている。
昼の日中にお酒の瓶を片手になにやら叫んでいる人や、明らかにドラッグ中毒で焦点の合わない人がうようよしている。
2年住んでいるが、2回ほどドラッグの過剰摂取(?)で真っ青になって道ばたに倒れて解放されている人も見たし、
常に巡回している、アンダーカバーと呼ばれる私服警察に捕まっている人も見た。

というわけで、異様な人を目にする事はかなり多いのだけど、この前は本当にすごい人に会ってしまった。
口笛紳士。そう名付けよう。
ベトナム人(ちょっと話したので分かった)で年の頃40代前半の、色浅黒い紳士。
ぶかぶかのジャケットにラッパーみたいなだぶだぶのパンツ。目深に被ったキャップにサングラス。
彼はバス停でバスを待ちながら口笛を吹いていたのだが、この口笛がすごい。
半径50メートル以上に響き渡らんばかりの音量に、マライアキャリー(古いなあ)もびっくりする音域の広さ。
吹いている曲はなんだか分からなかったが、うっとり目を閉じれば、澄み切った春のスイスの野原が眼前に広がるようなメロディー。
このメロディーが紳士らしくない格好の彼を、紳士足らしめているのである(私の独断で)。
以前テレビで、口笛コンテストなるものを見て、人の口であれだけ芸術性の高い音が創れるものなのかと感心したのだが、
それを生で、ライブ演奏で聞いてしまったのだ。

怪しい人人は黙殺するのが常なのだが、口笛紳士には賞賛の声をかけずにはいられなかった。
ちょっとした会話のあと私が歩き去るのを、まるでミュージカル「雨に歌えば」のあの有名なシーンのようにバス停のポールに斜めに寄りかかりながら、手を振って見送ってくれた。もちろん、口笛の演奏つきで。

2008年4月20日日曜日

お別れ

明日、友人一家がメルボルンを発つ。
その友人とも気が合っていたし、1歳違いの彼女の子供とうちの子供とも仲良しだったので非常に残念だ。
日本を出るとき何人かの、本当に大事な友人たちに別れを言って出てきた時の寂しさと同じ種類の寂しさ。
なかなか気の合う友人を見つけるのは簡単ではなくて、たまに見つけてしまうと、こういう別れが本当にこたえる。
ブログには感情的な事、ネガティブな事はなるべく書かない事を自分のなかで決めているのだけれど、今回は彼女へのメッセージも込めて、あえて書いた。
交通機関や通信期間が発達して、世界が小さくなったとはいえ、やっぱり実際の距離は大事だ。

2008年3月23日日曜日

ポレジ、とは

猫もしゃくしもブログの時代。
特にひねりのない本名そのものの人もいれば、思い入れや思惑たっぷりのブログ名をつけている人もいる。

人の気を引くネーミングをするのはなかなか難しいものなのだが、そうでない名前もふと考えだすと結構考え込んでしまうものがある。特にそれが知り合いだったりすると、ぜひ聞いてみたくなる。
生活の中で電脳生活に割かれるパーセンテージが高くない私は、あまり人のブログに触れる機会も少ないのでブログ名の由来を聞く事もあまりないのだが、たまにふと聞いてみると結構興味深い。
ブログを設定して名前を決めるとき、コンピュータ画面のブランクの中で点滅するカーソルを見ながら、みんながどんな思考を進めるのか。その過程が想像できる。大して重要じゃないからこそ、なんとなく素のその人が垣間見えるような気がする。

かくいう私のブログ名「ポレジ」は、オーツのおかゆ、ポリッジの事だ。
欧米の食文化の中では、朝食としてかなり一般的で、とろとろに煮たオーツに牛乳を掛けてたべる。好みで蜂蜜を入れたりバナナなどのフルーツを入れる。
私がこれを知ったのは、メルボルンに住む前に生活していたベトナムでだ。
夫とはまだ恋人同士で、何もかもが楽しくて仕方なかった時期。トロピカルなイメージのベトナムとしては意外なようだが、私達のいた北の方は冬はかなり寒くなる。そんな寒い朝に早起きしていそいそとフォー(pho。米粉でできたうどん)を食べに行くのが、私たちの楽しみだった。そんなある日の朝、今日はちょっと趣向を変えようとバイクで少し遠いカフェへ行った。見た目は完全にベトナム風の作りで、テーブルもいすも小さかった。が、そのカフェを経営しているのが欧米人の夫を持つベトナムの女性で、出されるものはパンケーキやサンドイッチなど西のものだった。
そこで初めてのポリッジを食べたのだ。古ぼけてふちの掛けたお皿にアツアツのポリッジ。バナナと蜂蜜を多めに入れて、牛乳をたっぷりかける。
なぜか異様にそのポリッジが心に残っている。
なぜか異様においしかったような気がする。

メルボルンに来た初めの年、手紙代わりに「ポレジ」というミニニューレターのようなものを作って、家族友人に送っていた。
その名前を付けるとき、白い紙を前にしてしばらく考えているときふと思い浮かんだのが、あの寒い朝のポリッジだった。
呼びやすいように少し変えて、「ポレジ」と命名した。
このブログを設定するとき、点滅するカーソルを見ながらほとんど考えずに、このニュースレターの名前を継承する事にした。
それがこのブログの名前の由来。

2008年3月7日金曜日

自分の住む町に本屋がある

アメリカの作家、スチュワートダイベックの小品「ファーウェル」(「シカゴ育ち」所収)の中で、アメリカへ移住した老ロシア人教師が、シカゴのアパートの壁に以前すんでいた街の地図を貼っていた。
その地図には幾つもの丸印がついていて、それは美味しいパン屋を印したものだった。
その「美味しいパン屋」は彼が故郷を捨てたときに失った物の象徴なのだ。

住む町を選ぶ際に、いろいろと人によってこだわりがある。
家や周辺の物価という現実的なことから始まって、この老教師のように美味しいパン屋がないとだめな人もいるだろうし、海が近くにないと精神の均衡がとれなくなる人だっていると思う(たぶん)。
ある漫画家が、お金はないけど本は山のように読みたいからと、家を探す条件にまず図書館が近いことをあげていた。

と、こんなことを考えたのも近所で唯一、いや、私のすむ州で唯一の利用したいと思える本屋が今月で閉まってしまうからなのだ。
英語の本と日本語の本の古本屋で、日本語の本は冊数こそ膨大ではないがきちんと選ばれた本が並ぶ貴重な本屋だった。
自分の住む町に本屋がある。
これは思っていたより、格段に私の生活を楽しくさせていた。
足しげく通うわけではないが、ふと時間が空いた時にその本屋を思い出し、行ってみる。
そういう場所が存在しているという事が、案外大事なのだ。

老ロシア人教師の「美味しいパン屋」ほどではないにしろ、やはり何かを損なったという感じは否めない。

ただし))日本語の本に関しては、オーナーの素晴らしい心意気でオンラインショップでの購入が可能。まだ実際本を手に入れる事が出来るという意味で嬉しい。
それはそれとして、やっぱり「場」としての本屋がなくなるのは悲しい、というのはあまりにも狭量だろうか?

2008年2月25日月曜日

洋服買いに

去年の12月から新しく書いていなかったので、言訳を。
妊娠しました。と言ってもまだまだ2ヶ月目で不安定です。
一人目のときはここまでしんどくなかったのですが、今回はかなり弱っています。
うちから10分くらいの距離にあるColes(スーパーマーケット)へ行くだけで、汗まみれになって息があがっています。
食べ物が食べ物に見えなくて、料理が苦痛です。
拒食症の人はこんな感じなのかなと、思ったりします(違うか)。
なので、ブログに書くようなことを考える思考回路もすっかり破壊されていて、今日まで空きました。
が、徐々に良くなっているので、徐々にブログ復帰したいと思っています。

「オーストラリアは想像以上に購買意欲のわかない国だった」(「シドニー!」)と、村上春樹も言っている通り、ここでは価格、品質、デザインとなかなか買いたいと思わせられるものがない。日本のように、テレビや雑誌を漫然と見ているだけで、「欲しい物リスト」がふくれあがる国のまさに対局。おかげで無駄遣いをしなくてすむ、とは日本から来た誰もが言う言葉。
だけど、たまには楽しみとしてのショッピングもしたい。
日々の買い物リストに載るような、牛乳とか人参とかティシューとかじゃない、心躍るショッピングがしたい。

日々の買い物を山盛り抱えて、最近出来た近所の服屋へ行ってみた。
この店は香港人のオーナーが、香港から買い付けてくる洋服を売っている。
知っている人も多いと思うが、香港のファッションは日本のファッションがお手本になっているらしい。だから、置いてある服もどことなく日本の若い子が着そうな物が多い。(オーナーのビビが見せてくれたファッション雑誌は、すべて日本の雑誌なのだが中国語で書かれている。私のうろ覚えな記憶では、全翻訳されるのではなく香港に編集部が独自にあって、だけど版権は日本の会社が持っているたのだと思う。)
もちろん日本でする様にはいかないがそれなりに楽しく物色し、一枚非実用的なシャツを買った。
大事なのは、この「非実用的」というところ。特にいらないけど、これ一枚はおるとちょっとかっこ良くなるというシャツ。

見栄えをよくする努力が生活の中でかなり大事な位置を締めていた頃は、この「非実用的な」服ばかりに目がいっていたのに。
ちょっぴり遠い目になる、33歳の主婦だった。